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Mommy

 

 

 

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ギリギリの生活を送るシングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル)は、15歳のスティーヴ(アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン)と二人で生活している。彼女は最近矯正施設から退所したばかりの注意欠陥多動性障害の息子の扱いに手を焼いていた。やがて母子は隣の家に住む、今は休職中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン)と親しくなっていき……。(シネマトゥデイより)

 

 

”とある世界のカナダでは、2015年の連邦選挙で新政権が成立。2ヶ月後、内閣はS18法案を可決する。公共医療政策の改正が目的である。中でも特に議論を呼んだのは、S-14法案だった。発達障がい児の親が、経済的困窮や、身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障したスキャンダラスな法律である。ダイアン・デュプレの運命は、この法律により、大きく左右されることになる。”


 この前置きが流れてから本編が始まる。物語は1:1の画面比で進みます。その正方形の枠の中でただ洗濯物が穏やかな風に揺れているだけなのに、ただ木から林檎をもぎるだけなのに、どうしてこんなにも心惹かれるんだろう。冒頭シーンから美しいです。

 

 スラングを飛ばしまくるダイアンとスティーヴは強烈な親子。納得のいかない事には立ち向かい、男の前ではミニスカートを履いて媚びを売る。それは全てスティーヴとの生活を守るため。そんな母への愛を表現することを躊躇しないスティーヴは時に加速し暴走する。そうなったスティーヴは母の手にも追えず、解り合おうともなかなか上手くいかない。

 

 そんな時隣人のカイラと親しくなり、三人は交流を深めていく。どうやらカイラにも過去に何かあったらしく、教師をしているという彼女は現在は休職中。最初は親子からのコミュニケーションにも臆病で、吃音のような症状を抱えていました。そんなカイラの話し方に心遣いなどなく踏み込んでいくスティーヴ。そんな二人にだんだんとカイラも自分を出していき打ち解け、スティーヴの世話をするため家に通うようになります。


 三人で助け合い暮らす日々。ささやかながらもその日常は幸せで、人懐っこいスティーヴにキュンとせずにはいられない。ダイアンは多動性障害・愛着障害、そういった障害を抱えるスティーヴの言動を圧倒的な母性で跳ね除け、受け入れている。傷の慰め合いなんてしないけど、そのままの姿で過ごす三人はひとつの家族に見えました。そんな穏やかなシーンはかけがえがなくて泣けます。愛があれば、ささやかな料理が並んだ小さな食卓だってベルサイユ宮殿になる。

 

 スティーヴはカイラに勉強を教わるためにある夢を打ち明けていた。それは「進学したい」ということ。夫を亡くし未亡人となった母を自分が支えたいと、スティーヴは心から思っていました。けれど感情が動き出すと止められない自分自身。自分自身に夢を夢のままその道を閉ざされていましたが、母やカイラとの日々の中でスティーヴは穏やかに過ごし、自由と希望を感じる瞬間を掴みます。そこでoasisの名曲『wonderwall』が流れ、それまで1:1だった視界がスティーブの手によって画面一杯に広がるのです。世界の広さを、その手で掴みとります。

 
 しかしそんな日常も長くは続かない。スティーヴが以前入所していた施設で起こした問題により怪我を負った入居者から高額な治療費の請求が届き、生活はさらに厳しくなります。また画面は1:1へ。スティーヴは再び不安定になってしまいます。

 

 ダイアンが描くスティーヴの未来には、幸せそうな笑顔を浮かべる立派な息子と、隣に同じ年頃の可愛い女性の姿。たくさんの人に祝われながら二人の結婚式が行われています。その光景はもちろん画面一杯に広がり、ダイアンはそんな未来の為に決断し、スティーヴを施設に入院させます。

 
 何が正しかったのか解らない。そんな様子のダイアンとカイラのシーンを経て、最後は施設から電話でダイアンへの留守電に「最高のママだ」と穏やかな表情で語る、両腕を拘束されたスティーヴのシーンへ移ります。母へ自分の気持ちが伝わったか心配しつつもその後も落ち着いた様子のスティーヴでしたが、一瞬の隙を見て彼は拘束を解き走り出します。追っ手から逃げるスティーヴの姿を映して、物語は終わります。

 

 

 ドランの映画はマザーコンプレックスやマジョリティに対するコンプレックスが強すぎるけど、その上でさまざまな愛のかたちを提示してくるから引き込まれます。愛を肯定し求めながらも、冷酷な現実も知って解っている。愛は美しいけれど、なにも変えてくれない。それでも死に向かって生きるその美しさ。愛と痛みは紙一重。とても残酷な作品だと思いました。けれどそこには圧倒的なリアリティがあります。

 
 ドラン作品ではお馴染みのアンヌ・ドルヴァルとスザンヌ・クレマンの演技は素晴らしいですが、スティーヴ役のアントワーヌ・オリヴィエ・ピロンも素晴らしい。可愛い。笑

  

 色や音楽の使い方だったり画の使い方、スローになるタイミング、計算された緊張感のある作品。ひとつひとつがシンプルですが、際立って美しいです。ダンスが好きなスティーヴの動きと音楽がリンクする瞬間のあの感動。鳴り終わった瞬間の、あの虚無感。瞬間ごとに、きっとドラン以外誰にも出来ない、新しい映画の見方を提示してくれます。

  

 印象的なシーン、台詞は多々ありますが、中でもスティーヴとダイアンのこのひとつのやりとりが圧倒的でした。
 「僕たちまだ愛し合ってるよね」
 「私たちにはそれしかないでしょ」
 二人の間には強い強い愛があり、その愛が与えてくれる生命力の強さに打ちのめされます。最後のダイアンとカイラの会話のシーンには言葉が出ませんでした。二度と見たくないと感じつつ、何度でも見たくなるような、その美しさに魅了される映画です。